大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成5年(ワ)19684号 判決

原告

ラトナ・サリ・デヴィ・スカルノ

西川和子

西川洋一

松浦正俊

野原きよ子

木村聰一郎

徳海宏志

右原告ら訴訟代理人弁護士

蒔田太郎

被告

株式会社新潮社

右代表者代表取締役

佐藤亮一

右訴訟代理人弁護士

舟木亮一

中馬義直

主文

一  被告は、原告ラトナ・サリ・デヴィ・スカルノに対し、金一〇〇万円を支払え。

二  原告ラトナ・サリ・デヴィ・スカルノのその余の請求及びその余の原告らの請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告らの請求

一  被告は、原告らのために、読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、日本経済新聞、東京新聞の各朝刊の全国版社会面に連続三回にわたって表題を二号活字、本文を四号活字、氏名宛名を三号活字として、別紙記載のとおりの謝罪広告を掲載せよ。

二  被告は、原告ラトナ・サリ・デヴィ・スカルノ(以下「原告デヴィ夫人」という)に対して五〇〇〇万円を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告らが、被告が同社発行の週刊誌「週刊新潮」(以下「本誌」という)において、原告デヴィ夫人が主宰する地球環境保護委員会が開催した国連環境計画への寄付金を集めるためのチャリティパーティが、原告デヴィ夫人の財欠に起因する偽装パーティである旨の虚偽の事実を摘示した記事(以下「本件記事」という)を掲載したことにより原告らの名誉が毀損されたとして、被告に対し、原告デヴィ夫人が不法行為に基づき謝罪広告掲載と損害賠償を、また原告デヴィ夫人の主宰する地球環境保護委員会にボランティアとして参加していると主張するその余の原告ら(以下、原告デヴィ夫人を除くその余の原告らを総称して「原告六名」という)が不法行為に基づき謝罪広告掲載をそれぞれ請求した事案である。

一  争いのない事実

1  原告デヴィ夫人は、故インドネシア大統領スカルノの妻であるところ、平成五年四月二六日、地球環境保護委員会主催として、「国連環境計画(UNEP)支援チャリティー・パーティ」との名称のパーティを開催し、同原告作成の絵画のオークション等を行った(以下「本件チャリティ」という)。

2  被告は、書籍及び雑誌の出版等を目的とする株式会社であり、週刊誌である本誌を定期的に発行しているものであるところ、平成五年七月一五日号の本誌において、別紙のとおりの本件記事を掲載・頒布した。

本件記事中には、「『偽装』十万ドルチャリティを演出したデヴィ夫人の『財欠』」との見出し、「質素とドンブリ勘定と」の小見出しのもとに、「経理担当もいないからいくら入金があったか分らない。」「一応、銀行にチャリティ名義の口座を設けて、そこに振り込まれる方もいたので、毎日残高を確認したのですが、最高でトータル百数十万円しか振り込まれていません。それをデヴィさんが引き出して使ってしまうのか残高が減っていく一方だったのです。」との記述がある。

二  争点

(原告らの主張)

1 本件記事の名誉毀損性の有無

被告は、本件記事において、本件チャリティにつき、「『偽装』十万ドルチャリティを演出したデヴィ夫人の『財欠』」(以下「①事実」という)、その会計状況につき「ドンブリ勘定」(以下「②事実」という)、「経理担当もいない」(以下「③事実」という)、「デヴィさんが引き出して使ってしまうのか残高が減っていく一方だった」(以下「④事実」という)との事実を摘示し、一般読者に対してその旨誤信させ、原告デヴィ夫人及び同原告が主宰する地球環境保護委員会の委員として本件チャリティへの協力を知人らに呼びかけた原告六名の名誉を著しく毀損した。

なお、地球環境保護委員会は、原告デヴィ夫人が主宰する地球環境保護を目的とするボランティア集団であって、未だ法人格はなく、その実質的活動は本件チャリティを中心とする短い期間に限られる。

2 本件記事の違法性の有無

本件記事は、原告デヴィ夫人が生活費捻出のために巧妙な詐欺的集金活動として本件チャリティを企画したと摘示するものであって、公共性、公益性はないうえ、本件記事の摘示事実はいずれも真実でなく、また被告に右事実が真実であると信じるにつき相当の理由もない。

3 損害

原告デヴィ夫人は、本件記事の掲載・頒布により名誉を毀損され、同原告が、訴外株式会社アースエイドの特別国際顧問になるとの契約、訴外株式会社にじゅういちの主催するセミナーの講演者になるとの契約、国連環境計画の親善大使の内定、通称グリーンノーベル賞のための基金づくりのための慈善パーティへの参加、本件チャリティと同様のチャリティイベントの開催等をそれぞれキャンセルされたうえ、同原告に対する信用を失墜させられたことにより精神的苦痛を受けた。右精神的苦痛に対する慰謝料額は五〇〇〇万円が相当である。

また、原告六名は、本件記事の掲載・頒布により名誉を毀損され、地球環境保護委員会にボランティアとして参加したことについて、疑いの目で見られ、以後の社会的活動が円滑に立ち行かなくなったこと等により精神的苦痛を受けた。右原告らの名誉を回復し、精神的苦痛を慰謝するには被告が謝罪広告を掲載する以外にない。

4 よって、原告らは、被告に対し、不法行為に基づく名誉回復請求として、読売新聞等に連続三回にわたって別紙記載のとおりの謝罪広告を掲載することを、原告デヴィ夫人は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として五〇〇〇万円の支払をそれぞれ求める。

(被告の主張)

1 本件記事の名誉毀損性の有無

原告らの主張は否認又は争う。

見出しを含む本件記事は、記事全体を通読し、原告デヴィ夫人が偽装チャリティにより一〇万ドルを着服し私腹を肥やしたという印象を一般読者に与えるものではない。そのことは、本文中に「『私はすぐにでも払い込む用意があります』というから、近日中にナイロビに届けられるのだろう。」と明確に記載されているように、一〇万ドルが原告デヴィ夫人から支払われることを前提とした記事であることからも明らかである。

原告は、大見出しにおいて「『偽装』十万ドルチャリティを演出したデヴィ夫人の『財欠』」と誇張して記載したことを問題とするが、見出しは、限られた字数の範囲内で本文記事の内容を簡略・端的に表示しなければならない性質、及びそれ自体が完結的意味を持つものではなく本文記事と一体となって理解されるよう読者の注意を喚起する性質を持つものであるから、ある程度の誇張が許容され、記事全体を包含する概括的表現を用い、正確かつ厳格な事実摘示は本文記事に委ねることが認められており、見出しが、本文記事の内容から著しく逸脱しているなど、それ自体別個独立の記事と見ざるを得ないような場合でない限り、記事全体によってその趣旨を判断すべきである。そして、本件記事は、経理担当者も置かず、経理の明細も公表せず、ドンブリ勘定で無駄な経費や私的関連費用を支出した公私混同の杜撰な本件チャリティを批判した記事であり、その見出し(①事実)も右のようなチャリティパーティは偽装チャリティと非難されても仕方がないことを訴えたものにすぎず、原告らの名誉を毀損するものではない。

2 本件記事の違法性の有無

(一) 原告デヴィ夫人は元インドネシア大統領夫人として公的人物・著名人であるうえ、本件記事が摘示する事実は、国連環境計画という公の団体に対するチャリティオークションによる収入の寄付という慈善活動であるばかりか、その寄付金は一般公衆を対象とした公の寄付金であるから、本件記事の摘示事実は、公共の利害に密接に関連する事実である。

(二) 本件記事は、本件チャリティの杜撰な実態を一般公衆に告発した記事であり、ことさら原告デヴィ夫人を対象に専ら人身攻撃をしたり、読者の好奇心にのみ訴えるものではないから、公益を目的とした記事である。

(三) 本件記事の摘示する①ないし④の事実は全て真実である。また、被告は、本件チャリティに参加した複数のボランティア、発起人、出席者、マネージメント担当者、国連環境計画本部資金部、国連環境計画北米局長ノエル・ブラウン博士らに取材し、①ないし④の事実が真実である旨の情報を得ていたのであるから、右事実が真実でないとしてもこれを真実と信じるにつき相当な理由がある。

3 損害

原告らの主張は否認又は争う。

第三  判断

一  争点1(本件記事の名誉毀損性の有無)について

1  原告デヴィ夫人について

前記争いのない事実によれば、本件記事は、原告デヴィ夫人が、①財欠によりチャリティを偽装して本件チャリティを演出し、②ドンブリ勘定で、③経理担当者を置かないまま、④チャリティ名義の銀行口座に込まれた寄付金等を勝手に引き出している疑いがある旨を摘示するものであるところ、これらの事実は、一般読者に、原告デヴィ夫人が、財産を失い生活に困窮したため、国連環境計画に寄付するとの名目で杜撰な経理の偽装チャリティを行ったうえ、その寄付金をほしいままに着服して使ってしまっているとの印象を与えるものであるから、同原告の社会的評価を低下させ、その名誉を毀損するものというべきである。

これに対し、被告は、本件記事の本文中に、原告デヴィ夫人が近日中に国連に一〇万ドルを支払うことを前提とした記載をしていること等から、見出しを含む本件記事は同原告が金員を着服し私腹を肥やしたという印象を読者に与えるものではない旨主張し、甲第四号証によれば、本件記事中には「十万ドルの寄付の一件、我々がデヴィ夫人とやりとりをした後のインタヴューに答えて、ブラウン博士はこう説明する。『十万ドルがオークションで得られたこと、そして小切手は贈呈の時期を待つばかりであるという報告を我々は受けています。今回、ナイロビ本部への報告が遅れたのは、ひとえに環境のことを考え、他のグループの活動を考慮して今回の慈善活動を活用したいと思っているからです』デヴィ夫人も、『私はすぐにでも払い込む用意があります』というから、近日中にナイロビに届けられるのだろう。」との記述部分があることが認められる。

しかしながら、右の記述部分に限定すれば、これが名誉毀損の構成要件に該当するとはいえないものの、かかる記述部分を含む本件記事全体を通読すると、本件記事は、前記の見出し及び小見出しとも相俟って、原告デヴィ夫人が経済的な困窮のため杜撰な経理のチャリティを偽装して本件チャリティを演出したとの事実を摘示しているものといわざるをえないから、被告の右主張は失当である。

2  原告六名について

原告六名は、本件記事が、原告デヴィ夫人が主宰する地球環境保護委員会の委員として本件チャリティへの協力を知人らに呼びかけた原告六名の名誉を著しく毀損すると主張する。

しかし、甲第四号証によれば、本件記事は主として原告デヴィ夫人に関する事実を摘示したものであると認められ、本件記事中に原告六名の社会的評価を低下させる事実が摘示されていることを認めるに足りる証拠はないから、本件記事が、原告六名の名誉を毀損するものと認めることはできない。

したがって、原告六名の請求は、その余について判断するまでもなく理由がない。

二  争点2(本件記事の違法性の有無)について(原告デヴィ夫人のみについて)

1  一般に雑誌等に記事を掲載する行為が他人の名誉を毀損する場合でも、それが公共の利害に関する事実にかかり、専ら公益を図る目的に出たものであり、摘示された事実が真実であると証明されたときは、右行為は違法性を欠き、また右事実が真実であることが証明されなくても、行為者においてこれを真実と信じたことにつき相当の理由があると認められるときには右行為は故意・過失を欠くものとして、いずれも不法行為の成立が否定されるものであるところ、証拠(甲第四号証、第七号証の一ないし五、第九号証の一、二、第一〇、第一一号証、第一六号証の一、二、乙第一、第二、第七号証、証人岩佐陽一郎の証言、原告デヴィ夫人本人尋問の結果)によれば、本件記事に摘示された事実は、公的団体である国連環境計画への寄付金を集めるチャリティパーティの運営等に関する事実であり、また、本件記事は専ら同パーティの経理の杜撰さに着目して掲載されたものであることが認められるから、本件記事は公共の利害に関し、かつ専ら公益目的に出たものであるということができる。

これに対し、原告デヴィ夫人は、本件記事は、同原告が生活費捻出のために巧妙な詐欺的集金活動として本件チャリティを企画したと摘示するものであるから、公共性、公益性はないと主張する。しかし、そうであったとしても、本件記事が公的団体である国連環境計画への寄付金を集めるチャリティパーティの運営等に関する事実を摘示していることにかわりはないから、原告デヴィ夫人の右主張は失当である。

2  そこで次に、本件記事の真実性を検討するに、本件記事は、原告デヴィ夫人が、①財欠によりチャリティを偽装して本件チャリティを演出し、②ドンブリ勘定で、③経理担当者を置かないまま、④チャリティ名義の銀行口座に込まれた寄付金等を勝手に引き出している疑いがある旨を摘示していることから、右各事実の真実性をそれぞれ検討する必要があるところ、乙第四、第五号証、第六号証の一、二、第七号証及び証人岩佐陽一郎の証言中には、右の各事実が真実あったとの情報を得た旨記述・証言する部分があるが、証拠(甲第七号証の一ないし五、第九号証の一、二、第一〇ないし一四号証、第一六号証の一、二、第一七ないし二一号証、乙第一、第二号証及び原告デヴィ夫人本人尋問の結果)に照らすと、右乙号各証及び証人岩佐の証言によっては未だ右の各事実が真実あったことを認めるには足りず、他に右各事実を真実であると認めるに足りる証拠はない。

3  そこで進んで、被告において右各事実を真実と信じたことにつき相当の理由があると認められるか否かについて判断するに、証拠(甲第一一号証、乙第四、第五号証、第六号証の一、二、第七号証、証人岩佐陽一郎の証言)によれば、被告編集部のスタッフが、本件チャリティのボランティア、出席者、発起人、原告デヴィ夫人のアシスタント、国連環境計画本部資金部、国連環境計画北米局長ノエル・ブラウン博士らに取材した結果、本件チャリティ終了後に未だ国連環境計画に対する一〇万ドルの送金がなされていなかったにもかかわらず、既に送金したとの挨拶状が原告デヴィ夫人から地球環境保護委員会関係者及びオークション参加者に対して送付されていること、経理担当者がおらず入金がいくらあったか分からないこと、本件チャリティの収支決算に関する詳細な報告書が関係者に公表されていなかったこと等の情報を得ていたことが認められ、右事情を総合すると、被告において、②ないし④事実を真実と信じたことについて相当な理由があったものということができる。

しかしながら、本件記事の見出し部分である①事実(財欠によりチャリティを偽装して本件チャリティを演出した事実)については、その表現自体、本件記事全体の内容からも著しく逸脱した事実を摘示しているとみられるうえ、証拠(甲第七号証の一ないし五、証人岩佐陽一郎の証言、原告デヴィ夫人本人尋問の結果)によれば、原告デヴィ夫人が本件記事掲載時までに一〇万ドルを送金していなかったのは、前記ブラウン博士から、国連環境計画ナイロビ本部で贈呈式を行うために右送金を待ってほしいとの連絡を受けていたためであり、被告も右事実を右ブラウン博士から送付されたファックスにより知っていたことが認められるから、前記のとおりの被告の取材経過等を考慮しても、被告において、右事実を真実と信じたことについて相当な理由があったものと認めることはできず、他に右相当な理由があったことを認めるに足りる証拠はない。

三  争点3(損害)について(原告デヴィ夫人のみについて)

証拠(甲第八号証の一ないし三及び原告デヴィ夫人本人尋問の結果)によれば、原告デヴィ夫人は、本件記事の掲載・頒布により、同原告が、訴外株式会社アースエイドの国際アドバイザーになるとの契約、訴外株式会社にじゅういちの主催するセミナーの講演者になるとの契約、国連環境計画の親善大使の内定等がキャンセルされたこと等により精神的損害を被ったことが認められるところ、前記二3に認定のとおり、本件記事が摘示する②ないし④事実については、被告において、真実と信じたことについて相当な理由があったものと認められ、見出し部分である①事実についてのみ名誉毀損の成立が認められるにとどまるとはいえ、右見出し部分は、前記のように「偽装」「財欠」というような極めて不適切な表現方法を用い、かつ本件記事中の本文の内容とは著しく逸脱した事実を摘示しており、右見出し部分のみに限れば、原告デヴィ夫人の個人攻撃と評価されてもやむを得ない面があることに鑑み、原告デヴィ夫人が本件記事の掲載・頒布によって受けた精神的苦痛に対する慰謝料額は一〇〇万円をもって相当とする。

次に、原告デヴィ夫人は、謝罪広告の掲載も求めているが、右のとおり、名誉毀損が見出し部分にとどまることを考慮すると、原告デヴィ夫人の被った損害を回復するには右金銭賠償をもって足り、謝罪広告の掲載を命ずるまでの必要性はないものというべきである。

第四  結論

よって、原告デヴィ夫人の本訴請求は、被告に対し、一〇〇万円の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、同原告のその余の請求及び原告六名の本訴請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大和陽一郎 裁判官阿部正幸 裁判官菊地浩明)

別紙謝罪広告〈省略〉

記事〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例